夜だけは

夜だけは、眠りに入る前の数時間だけは、何かを楽しいと思うことができる。

歌や、アニメや、漫画や。

それだけしか時間がない。

あとはずっと苦痛だ。

これを中年の危機というのだろうか。

まだ大人にすら、なれていないのに。

あとどれだけ正気でいられるのか。

いや、いっそ狂ってしまえたら。

そんなふうに思ったりする。

狂うのがどういうことか、知っているわけではないのだが。

目が覚めたときのこと

 楽しい夢を見ていた。何か……みんなで、外国人を案内する夢。

 次第に尿意を意識して、体のこわばりを自覚して、寝返りをうつ体が意識されて、ああいやだ、いやだと思いながら、抗いようもなく意識が浮上していくのを感じた。体温がどんどん上がっていき、暖かかった布団が、暑く煩わしく感じられていった。とうとう耐えられなくなって。上体を起こした。わかりきった日常が、ぞわぞわと這い上がってきて、心臓を撫で回すのが感じられた。戻ってきてしまった。決して戻りたくはなかった。

 言葉は思考にまさる。行動は言葉にまさる。動いていくしかない。

新型コロナウイルスに罹患した。家族と人生のことを考えた。

 先週金曜、23日からコロナになった。23日未明は37.1℃、昼頃に38.6℃になり、体の節々が痛んできた。体に力が入らない。解熱剤(メディペイン)を飲んだら37.1まで下がった。それからずっと漫画を読んだり、動画を見ていたりしていた。

 あれから5日たった。熱はすっかり下がった。陽性反応はまだ出ている。土曜行くはずだったスキーは結局行けなかった。ひげもずっと剃っていない。しかし何よりも、じっとしていると心がしんどい。ただいつもと比べてどうかはわからない。

 家のことを思う。父と祖父のことを思う。伝統を受け継げていないことを悔しく思う。もっと家族の話を、昔の話を聞けばよかった。みんなといることに慣れなかった。なぜなのかわからないが、それが苦しかった。

 オタク趣味は無意味だった。人を大事に出来なかったから今苦しんでいる。人も俺を大事にしなかった。体がだるい。それ以上に、心が動かない。何も楽しいことがない。趣味も、恋人も。

 人と会わないと、話さないと、苦しい。人と会うのも、苦しい。どうしたらよいのか。故郷とのつながりはなく、関東でがんばる気力もない。

 父から聞いた家系図を描いていた。四代前までは遡れる。あとは忘れた。

ワークマンで買い物

ワークマンで買い物をしていたとき、帰省のたびに俺に服を買い与えようとする父と母のことが思い出された。

あまりにもあわれだ。

世話をする孫のいないために、俺と弟の世話を焼く二人の姿が、あまりにもあわれで、胸が張り裂けそうだった。

もっと幸せな子供でありたかった。普通になろうと、頑張っていたのに。昔に戻れたらどれだけいいだろうか。

実家の夢を見た

 青森の実家の夢を見た。起きてトイレに行った。トイレは新しくなっていた。

 母と話した。俺の手足はいつの間にか腫れ上がっていて、その手当をする方法を教えてくれた。毛を抜いた痛みがあるうちに、切って血を出すのだ。俺は失敗して、母は笑った。俺はスクワットをして血を出そうとした。

 母は、弟の小さな服をつくろっていた。まるでまだ弟が小さいかのように。ビーズのようなもので胸に刺繍してあった。「新人類」と書いてあった。

 母と話をするのは楽しかった。夢の中は楽しかった。どんな夢でも現実よりは何百倍もマシだ。

毎朝のこと

 毎朝、絶望と戦っている。いつから始まった? 関東に来てから? 開発職を始めてから? 入社してから? 大学で一人暮らしを始めてから? 学校に通うようになってから?

 外界はつらく、厳しい。そして部屋の中は、寒々しい。このあいだで、死ぬまで? いつ死ぬのか。それはわからない。知りたくもない。いつか死ぬなんて、死んでも知りたくなかった。苦しい。みぞおちのあたりに石を詰め込まれたみたいだ。

 助けてくれ。誰も助けになどこない。一人で死ぬのだ。夜の優しい暗さだけが俺を守ってくれる。確信に満ちた親父の歩み方は、到底俺には真似できなかった。

 いつか死ぬと知っている。これほどつらいことがあるだろうか。毎朝苦しみながら目が覚める。過去と未来の、存在しないものに苦しめられている。虫も鳥も獣も、もっと幸福に生きる。人間だけがこれほど苦しむ。